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ふじむら歯科医院の日々


by fuji-dent

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カテゴリ:生まれたところ( 1 )

初めて見た父の字

 実家の蔵を整理している義兄が、父の盛岡工専教員時代のものと思われるノートを見つけ、一部いただいてきました。
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  大正5年生まれの父は、30才で藤村家に婿養子として入籍しました。今回見つかったノートを見てみると、結婚前の「前田良作」と、結婚後の「藤村良作」の二つの名前がありました。
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 父はこの頃20代後半と思われますが、整然と並んだ実に細かできれいな字、味のある図がかかれており、レオナルド・ダ・ビンチのノートを思い出したと言えば言い過ぎでしょうが、作図が上手だったことが窺われます。父は私が5才の時に45才で結核で亡くなりましたが、その前から入退院を繰り返していたので家におらず、全くと言っていいほど父の記憶がありません。眺めているうちに父の性格を知り得たようで、胸が詰まってきました。亡くなったあと、父が興した農機具商の従業員の人たちが、お葬式にどの写真を使おうか?と話していたことは覚えています。そしてこれがお葬式に使われた写真で、父が抱いているのが私、後方に立っているのが8つ違いの姉です。父が微笑んでいる写真はこの一葉しか見たことが無く、そしてこれは私が父と一緒に映っている唯一の写真でもあります。
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 父がいったいどういう人だったのか、あまり周りに聞く機会も無く現在に至ってしまいました。色んな人からは工専機械科(大学)で教鞭をとっていたので「話が上手な人だった」とか、「手先が器用でタライを利用した電気洗濯機を作った人だった」とかの逸話を聞いたことがあります。新潟県北蒲原郡出身の父は三男で、中学の頃は旭川に住んでいました。その後臨時教員などをして学資を貯め、盛岡工専に入学した頃は、同級生より10歳も年上だったそうです。父がどういう思いでこのノートをしたためたのか、胸が詰まります。もう少し父のことを知りたいと思いました。幸い、高校、大学とも残っていますので来週になったら、調べ始めてみようと思いました。(軍隊の件、一部誤り分かり記事改変しました)
by fuji-dent | 2015-05-15 19:12 | 生まれたところ